ヴァンゼー会議記念館
記念・教育施設

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歴史的な場所
本記念館は、1915年に企業家の別荘として建てられ、1941年から1945年にかけてナチス親衛隊(SS)および国家社会主義労働者党(NSDAP)のゲストハウスならびに会議場として使用されていました。1942年1月20日、ここにSS、NSDAP、各省庁を代表する高官15名が会同し、ヨーロッパ・ユダヤ人の移送・殺害計画における協力体制について協議しました。
ナチス親衛隊(SS)の代表者が出席した次官たちに、1941年8月からすでにソ連で実行されていた特別行動部隊(Einsatzgruppen)による殺戮作戦、およびすでに実用化されていた殺害方法について報告を行いました。
今日「ヴァンゼー会議」と呼ばれるこの会議の議長は、国家保安本部(RSHA)長官であったラインハルト・ハイドリヒ(Reinhard Heydrich)で、 1947年に外務省文書の中から発見された議事録は、ハイドリヒ(Heydrich)による移送作戦の専門家であったアドルフ・アイヒマン(Adolf Eichmann)によって作成されました。 議事録には、ヨーロッパ・ユダヤ人殺戮計画と、ドイツ国家行政の集団虐殺への積極的な関与が驚くほど克明に記録されています。
► ヴァンゼー会議
1942年1月20日の開催の「ヨーロッパ・ユダヤ人問題の最終解決」に関する会議議事録
ハイドリヒ(Heydrich)が会議議事録を外務省次官補(Unterstaatssekretär)マルティン・ルター(Martin Luther)宛に送付した際の1942年2月26日付の添え状
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学習コーナー
本記念・教育施設では青少年のグループや学校のクラスを対象に、ヨーロッパ・ユダヤ人の迫害と殺害、ナチズムの歴史、経緯や影響について理解を深めるため、様々な機会を提供しています。 専門ガイドによる常設展示の解説、記念館スタッフの指導による少人数グループ学習なども可能です。 学習日には、独自に選んだテーマについて指導を受けながら実践的な研究を行うこともできます。 また、政治的あるいは職業的な再教育を受講中の方や人材養成者、教育者の方などを対象に、職業特化した学習日や数日間にわたるセミナーなどを開催しています。 研究セミナー、専門セミナー、また教員スタッフのメンバーの方向けに、記念施設教育学に関する研修や、様々な分野で授業を行うための研修などを実施しています。
常設展示
1階の各展示室には常設展示「ヴァンゼー会議とヨーロッパ・ユダヤ人集団虐殺」を展示しています。ナチスによるユダヤ人迫害にいたる経緯や、1933年から1939年にかけて行われたユダヤ人の排斥と権利剥奪ならびに追放、また第2次世界大戦中にナチスが行ったドイツ影響地域におけるヨーロッパ・ユダヤ人の移送、ユダヤ人強制居住区域の設営と殺害について、ドイツ語および英語によって解説しています。
1942年1月20日にこの邸宅のかつてのダイニングルームにおいて開催された会議が、展示の核をなします。 簡潔な文章が各展示の導入部をなし、 事件や出来事は、行為者側の文書内の書類、あるいは犠牲者の証言、写真、音声および映像によって記録されています。 展示カタログは記念館内で販売しています。
1 展示導入部 2 人種差別主義と反ユダヤ主義 3 ワイマール共和国におけるドイツ統一と反ユダヤ主義 4 1933年から1939年にかけてのドイツにおける人種差別政策とユダヤ人迫害 5 東および南ヨーロッパでの戦争と集団虐殺 6 ドイツ占領下での市民の行動 7 ヨーロッパ・ユダヤ人大量殺戮への道のり 8 会議に参加した政府機関 9 ヴァンゼー会議 10 1945年以降、会議出席者と議事録がたどる運命 11 ユダヤ人の移送 12 ユダヤ人強制居住区域(ゲットー) 13 強制収容所と死の収容所 14 強制労働と強制収容所での死 15 「現在」に生き続ける「過去」
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Update: 2008-11-30 |
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